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君といつか桜の頃に |
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「お前、今何月だと思ってんだ?一月だぜ?東京でも一番寒いんじゃないかって時期だぞ。しかもここは北海道なんだよ」
怜は携帯の向こうの相手、弘人に悪態を吐き、片手でコートの襟元を掻き合わせた。
『何言ってんだよ。小樽まで来たら、まずは運河だろ。夜の小樽運河、ロマンチックだよなぁ……。あー、俺も行きたかった』
返ってきた言葉の如何にものんびりした調子に、遠慮なく呆れた様な溜め息を吐き、怜は天を仰ぐ。
「確かに俺は北海道に来た事ねぇし、行き先としては悪くないって思ったけどさ。こんなクソ寒い時期に来なくてもいいんじゃないか?しかも独りで」
何度目かの愚痴を零し、怜は雪で滑る為、危なっかしい自分の足元へと目を遣った。
怜が弘人に誘われ、北海道旅行を計画したのが二週間前。そして、キャンセルされたのが三日前だった。
二人は小学校から偶然にも大学まで一緒になった、いわゆるくされ縁同士だが、連れ立って旅行に行くような事は今まで無かった。それをどうしても行きたいとせがまれ、野郎二人では気が進まないと言いつつ、しぶしぶ付き合う事にしたのに、である。
かと言って、さほど旅好きでも無いのに独りで行くのは益々気が進まない。自分も行かない事にしよう、とあっさり思ったのだが、「俺の分はもうキャンセルしたから、お前だけでも行って来いよ」と、すっかり手配済みの航空券やホテルの地図などを弘人から笑顔で渡されてしまっては、もう行くしかない。
結局怜は、北海道は小樽の地を独りで踏む事になったのだった。
週末を旅行にあてた為、金曜の講義が終わってすぐ羽田を発ち、新千歳空港から札幌を経由して真っ直ぐ小樽に向かっても、到着はかなり遅い時間になってしまった。しかも小樽に着く直前、『行けなくて可哀想な俺のために、夜の小樽運河の〈美しい〉写メよろしく』と、無責任なメールが弘人から入り、ホテルは運河近くとはいえ、若干の遠回りを余儀なくされたのである。
そして今、写メを送った途端に掛かってきた弘人の電話の相手をさせられつつ、怜は運河沿いの散策路を、昼間たっぷり降り積もったらしい新雪に足を取られながら歩いているのだった。
『まぁ、まぁ。やっぱり北海道は雪景色だろ。冬に行くのが醍醐味ってヤツだよ。小樽の情緒を満喫して、美味いもん食って、思う存分楽しんできてくれよな』
飽くまでもカラリとした弘人の声に、再び出かけた溜め息を怜はグッと飲み込む。
「じゃ、ご要望通りに写メ、送ったからな。お前、両親が上京してくるからってキャンセルしたんだろ?呑気にメールだの電話だのしてきて、あんま煩わせてくれんなよ」
『親父とお袋が来るの、明日からだよ。怜が寂しいんじゃないかなって、構ってやってんだぜ?』
「……楽しんでるし、寂しくないから。もう切るぜ?」
『おう、わかった。写メありがとな。つーか、北海道寒いね。今天気予報でさ、明日は零下十一度だって。風邪は引くなよ』
相変わらず能天気な弘人の言葉に苦笑いしながら、
――今、多分それ位の気温だよ。
胸の内で呟いて携帯を切り、コートのポケットに入れると、怜は散策路から通常の歩道へと続くスロープを慎重に上っていった。
観光客の足が遠のくシーズンだからか通年なのかは分からないが、夜も更けてくると運河周辺の大抵の店が店仕舞いの様子で、通りに出てもあまり人影がない。心なしか道も暗く、目印の建物は記憶していたつもりだが、雪に気を取られて下を向いている内に迷いそうだ。怜はホテルの地図を取り出し、場所の確認をした。
→続き
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